貧乏くじを引いたのはバブル世代だった

2011.12.24

一九九〇年前後に入社したバブル世代は、その後の就職氷河期を経験した世代から「温室育ち」と揶揄されることが多い。採用選考で企業からむちゃくちゃなハードルを課されることもなく、さらには本人の希望どおりの業界に就職できた最後の時代だからだ。だが、企業内で彼らかたどった経緯を見れば、実はバブル世代こそ、もっとも貧乏くじを引いた存在だということがよくわかる。最大の原因は、彼らがあまりにも売り手市場だったことにある。

[参考サイト]
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大阪府(堺など)の転職・求人情報検索 - 転職のリクルートエージェント
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兵庫県(神戸など)の転職・求人情報検索 - 転職のリクルートエージェント
http://www.r-agent.co.jp/kensaku/kinmuchi/hyogo/

それ以前の世代を含めても、バブル世代ほど、年功序列というレールを深く信頼しきっていた世代はおそらく他にないだろう。おかけで、彼らはもっとも社会人として重要な最初の数年間を、会社から与えられるキャリアだけを受け取りながら過ごしてしまった。まさに子羊の群れ状態だ。その後すぐに、氷河期就職戦線を勝ち抜いた狼のような後輩たちが入社してくると、彼らの存在は大いに脅かされることになる。会社の人事制度が変わったのもこの頃だ。成果主義の導入により、もはや勤続年数は決定的な評価基準ではなくなった。つまり、キャリア意識の高い後輩たちと基本的に同じ土俵で戦うことになったのだ。彼らは同時に“格差の世代”でもある。成果主義の波にうまく乗れた人間のなかには、三〇代ですでに部長ポストを手に入れた者もいる。一方で、二〇代の後輩にも追い抜かれ、いまだ主任にすら上がれない人間も珍しくない。個人的にもっとも同情するのは、彼らの場合、逃げ出そうにもその手段すらほとんどなかった点だ。転職市場の拡大は一九九〇年代後半から始まっている。それ以前にはそもそも転職という概念すら一般には薄かった。特に、いちばん転職しやすい第二新卒市場(二〇代前半)などまったく存在しなかった時代に貴重な二〇代を費やしてしまったことは、悲劇と言うしかない。彼らの話を聞くと気づく点がいくつかある。まず、年功序列のレールは、実際は成果主義導入のずっと前、おそらく一九九〇年代前半の時点で、おおかたの企業ですでに崩壊していたということだ。彼らの世代は、キャリアがいちばん伸びる時期を上から押さえつけられ、「さあこれから」という時期に成果主義に切り替わった谷開の世代だと言える。そして、なにより重要な点は、彼らより下の世代では格差はさらに拡大するだろうということだ。いまの二〇代は入社以来、定期昇給を知らず、代わりに成果主義の洗礼を受け続けている。一〇年後にはより明確な勝ち負けの差がついているに違いない。そのとき自分がどちらの側にいるのか。少なくとも、いつでもレールを飛び降りる準備をしておくことは必要だろう。





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